思想哲学

『君主論』で学校教育を考える【書評】

最近、マキアヴェッリの『君主論』を読みました。

『君主論』をもとに、学校の現場を見ると非常に面白いことに気づきました。

 

学校現場におけるリーダーは校長です。

しかし、教員は分掌や学級など、様々な場面で「リーダー」となることがあります

 

学校教育におけるリーダーについて、『君主論』を通して考えたことを書いていきます。

 

尊敬できるリーダーと尊敬できないリーダー

僕の学校の校長は本当に心から尊敬できます。

尊敬できる点は以下の通りです。

僕の学校の校長の尊敬できる点

・抜群の柔軟性。

・圧倒的な決断の早さ。

・教職員を守り、常に相談しやすい環境を作っていること。

・本質的なことを常に大切にし、あふやなことを見逃さないこと。

一方、学校現場に出てから今まで、決して尊敬できないリーダーも見てきました。

尊敬できないリーダーの要素は以下の通りです。

尊敬できないリーダーの要素

・教職員を大切にしない。

・相談しづらい環境を作り、聞く耳を持たない。

・自分の価値観だけで決断するため、教職員が目的意識のない仕事をし始める。

・ヒューマンエラーが起きた時、それは校内人事等におけるシステムエラーで起きたということを理解していない。

 

なぜ、尊敬できるリーダーと尊敬できないリーダーが生まれるのか。

ちょっと考えてみました。

 

尊敬される要素って?

マキャヴェリはこのように述べています。

人間が行動する動機には、敬愛と恐怖の二つがある。

しかし敬愛を重視しすぎると部下に軽蔑され、行き過ぎた恐怖で支配すると部下の心に憎悪を生む。

うんうん、なんとなくわかるぞ。

では、一つずつ考えていきます。

 

尊敬されようとするリーダーは部下に軽蔑されたり、舐められる

リーダーは組織のトップです。部下を仕事ぶりを見ている必要があります。

 

 しかし、僕が出会った尊敬されようとするリーダーは、部下を見る前に、

手柄を自分のものだ!と言い張る」「自分のことばかり考える」「恩着せがましい

という特徴をもっていることが多かったです。

 

そうすると部下の心の中は「あの人、自分のことしか考えていないよね」となります。

 

僕の学校の校長は全くそういった言動はないし、雰囲気さえ出しません。

いつも、同じ目線で悩んだり、考えたりしてくれます。

その結果、自分を後押しをしてくれる。そんな存在です。

 

部下に恐怖を与えすぎると憎しみを生む

力で部下をねじ伏せたとしても、憎しみを生むだけであるということです。

これも本当に共感できます。

権力や立場を悪用して、部下を黙らせたり、ねじ伏せるリーダーは世の中にたくさんいます。

 

学校現場でも同じです。

 

学校の管理職というのは、ほぼ全ての人たちが、元々は一般教員です。

しかし、一般教員は、元々リーダーシップやマネジメントについて学んできてはいません

 

そんな中、最悪のパターンは「子どもを力で黙らせてきた教員」が管理職になることです。

この種の人たちは、「権力による統治」に成功体験があります。

言う事を聞かない者を徹底的にねじ伏せ、見かけ上の「学級作り」をしてきたのです。

そういった、権力統治型の学級経営をしてきた教員は管理職になってからも、そういったスタイルで職員室を統治する場合があります

 

もちろん、リーダーシップやマネジメント、心理学について勉強するような熱心な管理職もいます

でも、そんな人はなかなかいません。

もはや、学校現場における管理職というのは一般教員時代に培った人間性で勝負するほかないのです。

つまり、リーダーシップやマネジメント能力が低い管理職が生まれるのは、個人の問題ではなく、システムの問題なのです。

 

学校教員に対するリーダーシップ、マネジメント能力の育成システムの理想論

各都道府県の教育委員会は「学校現場を知っているから」という理由だけで、一般教員を管理職に登用し続けています。

このシステムを続ける限り、リーダーシップやマネジメントのない管理職の方々が生まれ続ける可能性があります。

 

では、どのように改善できるのでしょうか。

皆さんならどんなシステムを作りますか?

 

もし、リーダーシップやマネジメントのプロフェッショナルを育てていくのなら、一般教員を育成する段階から学習を始める必要があると考えます。

もっと言えば、大学教育における教員養成課程の段階から、教育分野だけでなく、リーダー論、組織論を学習するシステムを構築していく必要があります

もちろん、現在の管理職に対するリーダーシップ、マネジメントに関わる研修も必要です。

 

しかし、現在実施されているような研修では意味がありません。

「管理職の考え方をそもそも簡単に変えることができないだろう」ということを想定した研修が必要です。

そのため、教育委員会から派遣される人たちの研修では聞く耳を持ってもらえません。

 

そんな同業者同士で行う研修ではなく、リーダーシップ、マネジメントについて専門的に理解している権威性のある人材や、実際の企業における管理職からの指導、コンサルを受けることが重要だと思います。

 

もっと突拍子もない意見を言うならば、世界的な眼鏡会社のOWNDAYSの仕組みのように、リーダーの選挙をする、と言うのもありだと思います。

日常、同僚から信頼される人、リーダーとして認められる人が、直接投票されるので、部下たちも自分でリーダーを選ぶことができます。

面白そうですね。

 

リーダーシップ、マネジメントは他人事ではない

「別に管理職にならないし」という意見もあるかもしれません。

しかし、教員は分掌や学級担任など、多くの場面でリーダーシップやマネジメントの能力が必要とされます。

どんな立場であろうと、教員のリーダーシップやマネジメントの能力は伸ばしておくことが大事だと思います。

 

最後に

『君主論』では、「恐れられること」がリーダーに必要な要素として挙げられています。

実際、僕の学校の校長は、恐怖を与えるわけではありません。

 

しかし、何かあやふやなことがあったり、隙がある場合は、すかさず教職員に声かけをします。

そういったアンテナが常に立っていることが、ある意味、「見られているんだ」という緊張感を生んでいるのだとも思います。

間違いなく、業務の質の向上にもつながっていると思います。

『君主論』は本当に名著でした!

  • この記事を書いた人

しゅんや

▶︎現役中学校教員9年目
学校の先生方が1分でも早く、
家に帰れるようにしたい!

▶︎目標:セミリタイア
▶︎妻と人生攻略中

▶︎大事にしていること
・世界観を広げる
・物事の本質を考える
・人生楽しんだもん勝ち

▶︎北海道出身の30歳

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